安全配慮義務とは何か?労契法・安衛法・裁判例で紐解く企業側の留意点

1001_社労士つとむの実務と法令
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「社員が過重労働で体調を崩してしまった。」

「社員からのハラスメント相談の対応が遅れ休職になってしまった。」

企業の労務管理において、近年特に注目されているのが「安全配慮義務」です。

安全配慮義務とは、会社が社員の安全や健康を守るために果たすべき配慮のこと。

単に職場でのケガや事故を防ぐだけでなく、過重労働や職場のストレスなどによって労働者の生命・身体・健康が損なわれることを防ぐための配慮も含まれます。

また、ハラスメントについては、安全配慮義務が問題となる場合があるほか、労働施策総合推進法等に基づく事業主の防止措置義務もあります。

もし適切な配慮を怠り「安全配慮義務違反」と判断された場合、多額の損害賠償が発生するリスクがあるほか、企業のイメージダウンにもつながりかねません。

今回は、安全配慮義務の法制化趣旨、安衛法における安全配慮義務の具体的な措置、労契法5条の基礎となる主要裁判例、そして、企業側の留意点について確認します。

1.安全配慮義務とは?労働契約法第5条の法制化趣旨とは。

安全配慮義務とは、使用者が労働者に対して負う「労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう必要な配慮をする義務」のことです。

2008年(平成20年)施行の労働契約法第5条によって、明確な法律上の義務として定められました。

(労働者の安全への配慮)
第五条 使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする。

1-1.なぜ労働契約法第5条がつくられたのか(法制化趣旨)

もともと安全配慮義務は、法律に直接の条文があったわけではなく、過去の裁判例(判例法理)の積み重ねによって認められてきたルールでした。

判例上確立してきた安全配慮義務について、労働契約上の基本的なルールとして法律上明確にすることを目的として、労働契約法第5条が設けられました。

判例上認められてきた安全配慮義務について、使用者が当然に負うことを明文化したこととなります。

1-2.安全配慮義務の3つのポイント

●原則として労働契約関係にある労働者が対象

労働契約法第5条は、使用者と労働契約関係にある労働者について、安全配慮義務を定めています。正社員だけでなく、契約社員、パート・アルバイトなども対象となります。なお、派遣労働者や業務委託先の労働者などについては、労働契約法第5条だけでなく、労働安全衛生法や労働者派遣法等に基づく派遣元・派遣先等の責任や義務も含めて検討する必要があります。

●判断要素は予見可能性と結果回避可能性

安全配慮義務違反の判断では、危険の予見可能性や、予見された危険を回避するための措置(結果回避可能性)を講じることが可能であったかなどが重要な要素となります。

●安全配慮にはメンタルヘルス対策も含まれる

身体の安全だけでなく、精神的な健康を含む労働者の健康を守るための配慮も含まれます。

行政(厚生労働省)も、この趣旨に基づき、過重労働防止やメンタルヘルス対策に関する各種ガイドラインを整備し、企業への指導を強めています。

2. 労働安全衛生法(安衛法)が求める具体的な安全配慮措置

労働契約法第5条が安全配慮の「基本方針(理念)」を示すのに対し、労働安全衛生法(安衛法)は企業が講じるべき「具体的な予防措置・手続」を定めています。

安衛法上の義務違反は、安全配慮義務違反を判断する上でも重要な事情となり得ます。

企業が特に押さえておくべき安衛法上の重要な規定は、以下の3つです。

2-1. 労働時間の状況の把握(安衛法第66条の8の3)

2019年4月の法改正により、事業者には、労働者の労働時間の状況を客観的な方法等により把握することが義務付けられました。

タイムカードやPCのログイン・ログオフ記録などを活用し、長時間労働を早期に発見・防ぐための前提として、正確な労働時間を管理する必要があります。

2-2. 過重労働者に対する医師の面接指導(安衛法第66条の8)

長時間労働によって疲労がたまっている労働者に対しては、医師による面接指導を実施する義務があります。

具体的には、休憩時間を除き「月80時間を超える時間外・休日労働」を行い、かつ疲労の蓄積が認められる労働者から申出があった場合に実施しなければなりません。

さらに企業は、面接指導を行った医師の意見を聴いた上で、必要に応じて「就業場所の変更」「配置転換」「労働時間の短縮」などの事後措置(就業上の措置)を講じることまで義務付けられています。

2-3. ストレスチェック制度の実施(安衛法第66条の10)

メンタルヘルス不調を未然に防ぐ(一次予防)ため、常時50人以上の労働者を使用する事業場に対し、年1回のストレスチェック実施が義務付けられています(50人未満の事業場は2028年4月1日より義務化)。

実施にあたっては、まず医師や保健師等によるストレスチェックを行い、その結果を本人に直接通知します(※本人の同意なく会社へ結果を開示することは禁止されています)。

その後、「高ストレス者」と判定された労働者から申出があった場合は、医師による面接指導を実施し、その結果について医師の意見を聴いた上で、必要に応じて残業の制限や業務量の調整などの就業上の措置を講じます。

なお、ストレスチェック制度を実施していることだけで安全配慮義務を果たしたことになるわけではなく、労働者の具体的な健康状態や職場環境等に応じて、必要な措置を検討することが重要です。

3. 労働契約法第5条の制定に影響を与えた2つの主要判例

労働契約法第5条として明文化される以前、安全配慮義務は判例法理の積み重ねによって形成されてきました。

昭和50年の「陸上自衛隊事件」で法的概念が提示され、昭和59年の「川義事件」で民間の労働契約関係における安全配慮義務を明確に認めた一連の判例法理こそが、同条の重要な判例上の基礎となっています。

以下、法制化に至る過程で重要な規範を示した2つの主要判例を確認します。

3-1. 陸上自衛隊事件(最高裁第三小法廷・昭和50年2月25日判決)

国と公務員との関係における安全配慮義務を最高裁判所として明確に認め、その一般的な法理を示した重要判例です。

自衛隊の車両整備工場で作業を行っていた隊員が、後退してきたトラックに轢かれて死亡した事案において、最高裁判所は、国と公務員との間には、給与の支払義務等の基本的な義務だけでなく、公務遂行のために設置・管理する場所、施設、器具等や公務の管理に関して、公務員の生命・健康等を危険から保護するよう配慮すべき義務、すなわち安全配慮義務があると判示しました。

最高裁は、この安全配慮義務について、ある法律関係に基づいて特別な社会的接触の関係に入った当事者間において、その法律関係の付随義務として、信義則上認められる義務であるとしました。

この判決は、明文の規定や直接的な契約条項がなくても、当事者間の法律関係に付随する信義則上の義務として安全配慮義務が成立し得ることを明確にしたものであり、その後の労働法上の安全配慮義務論の重要な基礎となりました。

3-2. 川義事件(最高裁第三小法廷・昭和59年4月10日判決)

陸上自衛隊事件で示された安全配慮義務の判例法理を、民間の一般的な労働契約関係についても明確に認めた重要判例です。

衣料品会社に勤務していた従業員が、夜間の宿直勤務中に社内へ侵入した元従業員によって殺害された事案において、最高裁判所は、陸上自衛隊事件の法理を引用し、民間の労働契約においても、労働者が使用者の指定した場所に配置され、使用者の供給する設備・器具等を用いて労務を提供するという関係にあることから、使用者は労働者の生命および健康等を危険から保護するよう配慮すべき義務を負うと判示しました。

最高裁は、本件において過去に盗難被害が発生していた等の事情から事故発生の予見可能性を認め、使用者が防犯設備の整備等の必要な安全措置を講じなかったとして、労働契約上の安全配慮義務違反に基づく損害賠償責任を認定しました(会社に安全配慮義務違反があるとして損害賠償責任を認めた原審の判断を是認し上告を棄却しました)。

本判決は、民間の雇用契約関係においても安全配慮義務が認められることを明確にし、その後の労働契約法5条による安全配慮義務の明文化につながる重要な判例となりました。

4. 企業側の留意点と実務ポイント

安全配慮義務違反のリスクを防ぎ、従業員が安心して働ける環境を整えるためには、法令の形式的な遵守にとどまらず、現場の不調や危険のサインに能動的に対処することが求められます。

企業側が押さえるべきポイントは以下の通りです。

4-1. 労働時間の適正把握と過重労働防止

●客観的な労働時間管理の徹底

タイムカードやPCログイン・ログオフ記録など、客観的なデータに基づき、労働者の労働時間の状況を適切に把握します。自己申告との乖離や隠れ残業を放置しない管理体制の構築が必要です。

●長時間労働者への早期介入と医師面接指導

月80時間を超える時間外・休日労働を行った労働者を確実に把握し、疲労の蓄積が認められるなど面接指導の対象となる労働者については、申出を促すなど必要な対応を行います。

●面接指導後の就業上の措置

面接指導を実施して終わりにせず、面接指導を行った医師の意見を聴いた上で「残業免除」「業務量の調整」「配置転換」などの実効性のある配置・就業措置を速やかに講じます。

4-2. メンタルヘルス対策と職場環境の改善

●ストレスチェック制度の確実な運用

年1回のストレスチェックを実施するだけでなく、高ストレス者からの申出に対応する窓口を周知し、面接指導へスムーズにつなげる体制を整えます。

●集団分析結果を活用した環境改善

個人が特定されないよう匿名性に配慮した上で、集団分析の結果を経営陣や現場管理職と共有し、高ストレス傾向が見られる部署の業務負荷の分散や体制の見直しにつなげます。

●不調のサインに対する能動的な配慮

勤怠の乱れやパフォーマンス低下など不調の客観的サインが見られる場合は、本人からの申し出を待つだけでなく、人事や管理職から自発的なヒアリングや産業医面談の勧奨を行います。

4-3. ハラスメント防止体制と迅速な対応

●予防方針の周知と社内教育

パワハラ・セクハラ等の防止方針や行為者への対処方針を就業規則等の文書に規定し周知することが必要です。

●実効性のある相談窓口の運用

プライバシーに十分配慮した相談窓口を設置し、相談があった際には放置せず、迅速かつ中立的に事実確認を行うフローを機能させます。

●被害者保護と再発防止

ハラスメントの事実が確認された場合、関係遮断(配置転換等)やメンタルケアを行い、加害者へのしかるべき処分を含めた再発防止措置を講じます。

4-4. 安全衛生管理体制と専門家連携

●安全衛生委員会等の実質的な運用

法令に基づく安全衛生委員会の定期開催や産業医による職場巡視を通じて、職場内の衛生上の課題や健康リスクを継続的に洗い出します。

●物理的な危険・職場環境のリスク排除

作業設備やオフィス環境の定期点検、防犯・安全対策を講じるなど、事故や事故予備軍(ヒヤリハット)を未然に防ぐ物理的な安全配慮に努めます。

●休職・復職支援プログラムの整備と連携

主治医や産業医と連携し、休職中のフォロー体制から短時間勤務等の段階的な復職支援プランまで、健康状態に応じた適切な就業上の配慮を行えるよう、休職・復職支援のルールを整備します。


最後にまとめ。

・安全配慮義務の主な判断要素としては「予見可能性」と「結果回避可能性」の2つがポイント。

・安衛法における主な安全配慮措置としては「労働時間把握」・「面接指導」・「ストレスチェック」の3つがポイント。

・安全配慮義務に対する企業側の主な留意点としては「リスク把握」・「環境改善」・「迅速対応」・「体制整備」の4つがポイント。

以上

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