厚生労働省は「血管病変等を著しく増悪させる業務による脳血管疾患及び虚血性心疾患等の認定基準」を定めています。
脳・心臓疾患の発症について、業務が相対的に有力な原因であると判断するための基準です。
業務による過重負荷の判断は、3つの基準により、総合的に判断されます。
1つ目は「長期間の過重業務への就労」、2つ目は「短期間の過重業務への就労」、3つ目は「異常な出来事への遭遇」です。
今回は、3つの過重負荷の判断基準について、労働保険審査会の裁決事例も参照し、確認します。
1.業務による過重負荷の判断基準
業務による明らかな過重負荷を受けたことにより発症した脳・心臓疾患は、業務に起因する疾病として取り扱うことなります。
具体的な対象疾病としては、脳血管疾患は①脳出血②くも膜下出血③脳梗塞④高血圧性脳症の4疾病、虚血性心疾患等は①心筋梗塞②狭心症③心停止(心臓性突然死を含む。)④重篤な心不全⑤大動脈解離の5つです。
1-1.長期間の過重業務への就労
一つ目の基準は、発症前の長期間にわたって、著しい疲労の蓄積をもたらす特に過重な業務に就労したこと。
長期間とは、発症前おおむね6か月間です
特に過重な業務は、「労働時間の評価」と「労働時間以外の負荷要因」を総合的に考慮して判断することとなります。
1-1-1. 労働時間の評価
発症日を起点とした1か月単位の連続した期間について、以下の①~③を踏まえて判断します。
①発症前1か月間ないし6か月間にわたって、1か月当たりおおむね45時間を超える時間外労働が認められない場合は、業務と発症との関連性が弱いと評価。
② おおむね45時間を超えて時間外労働時間が長くなるほど、業務と発症との関連性が徐々に強まると評価。
③ 発症前1か月間におおむね100時間又は発症前2か月間ないし6か月間にわたって、1か月当たりおおむね80時間を超える時間外労働が認められる場合は、業務と発症との関連性が強いと評価。
時間外労働とは、1週間当たり40時間を超えて労働した時間となります。
1-1-2. 労働時間以外の負荷要因
労働時間以外の負荷要因に一定の負荷が認められる場合には、労働時間の状況も総合的に考慮し、業務と発症との関連性が強いといえるかどうかを判断することとなります。
労働時間以外の負荷要因とは、以下の①~⑤の要因です。
①勤務時間の不規則性…拘束時間の長い勤務、休日のない連続勤務、勤務間インターバルが短い勤務、不規則な勤務・交替制勤務・深夜勤務。
②事業場外における移動を伴う業務…出張の多い業務、その他事業場外における移動を伴う業務。
③心理的負荷を伴う業務…常に自分あるいは他人の生命、財産が脅かされる危険性を有する業務、人命や人の一生を左右しかねない重大な判断や処置が求められる業務、周囲の理解や支援のない状況下での困難な業務など。
④身体的負荷を伴う業務…重量物の運搬作業、人力での掘削作業、日常業務と質的に著しく異なる作業など。
⑤作業環境…温度環境、騒音。
1-2.短期間の過重業務への就労
二つ目の基準は、発症に近接した時期において、特に過重な業務に就労したこと。
発症に近接した時期とは、発症前おおむね1週間です。
過重性の評価の最も重要な要因である労働時間の長さの判断としては以下の①・②となります。
①発症直前から前日までの間に特に過度の長時間労働が認められる場合
②発症前おおむね1週間継続して深夜時間帯に及ぶ時間外労働を行うなど過度の長時間労働が認められる場合 等
いずれも、手待時間が長いなど特に労働密度が低い場合を除かれます。
また、労働時間の長さのみで過重負荷の有無を判断できない場合には、労働時間と労働時間以外の負荷要因を総合的に考慮して判断することとなります。
1-3.異常な出来事への遭遇
三つ目の基準は、発症直前から前日までの間において、発生状態を時間的及び場所的に明確にし得る異常な出来事に遭遇したこと。
発症直前から前日までの間を評価期間とするのは、異常な出来事と発症との関連性は、通常、負荷を受けてから24時間以内に症状が出現するとされているためです。
異常な出来事としては、以下の①~③となります。
①精神的負荷…極度の緊張、興奮、恐怖、驚がく等の強度の精神的負荷を引き起こす事態(重大な人身事故や重大事故に直接関与、生命の危険を感じさせるような事故や対人トラブルを体験など)。
②身体的負荷…急激で著しい身体的負荷を強いられる事態(著しい身体的負荷を伴う消火作業、人力での除雪作業など)。
③作業環境の変化…急激で著しい作業環境の変化(著しく暑熱な作業環境下で水分補給が阻害される状態や著しく寒冷な作業環境下での作業など)。
異常な出来事と認められるか否かについては、出来事の異常性・突発性の程度、予測の困難性、事故や災害の場合にはその大きさ、被害・加害の程度、緊張、興奮、恐怖、驚がく等の精神的負荷の程度、作業強度等の身体的負荷の程度、気温の上昇又は低下等の作業環境の変化の程度等について検討することとなります。
2.労働保険審査会の裁決事例
労働保険審査会とは、労災保険や雇用保険に関する給付の決定に対して不服がある場合に、その決定が妥当かどうかを審査する国の機関です。
労災保険関係でいうと、労働基準監督署長が行った保険給付に関する処分(=原処分)に不服がある労働者や事業主が申立てを行い、労働保険審査会は中立な立場から審査を行い、原処分の取消や棄却を裁決します。
労働保険審査会の裁決事例は、厚生労働省の以下のサイトで確認できます。
🔎 労働保険審査会裁決事例一覧|厚生労働省https://www.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/shinsa/roudou/saiketu-youshi
裁決事例の大半は棄却ですので、今回は、取消(業務上の事由によるものと判断)事例を、いくつか確認します。
2-1.心理的負荷(パワハラ)による発症と認定
上司から恐怖を感じるほどの恫喝や叱責を受けたことが発病の要因と認められた事例。
・経理業務に従事していた者に発病した精神障害(30労468) 【PDF】|厚生労働省https://www.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/shinsa/roudou/saiketu-youshi/dl/30rou468.pdf
2-2.恒常的長時間労働(月100時間超)による発症と認定
当該出来事の前に1か月100時間を超える恒常的長時間労働が認められた事例。
・講師として従事していた者に発病した精神障害(元労225) 【PDF】|厚生労働省https://www.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/shinsa/roudou/saiketu-youshi/dl/R01rou225.pdf
2-3.恒常的長時間労働(複数月80時間超)による発症と認定
本件疾病発症前おおむね6か月間において、発症前4か月間ないし6か月間に1か月当たり平均80時間を超える時間外労働を行っていたと認められた事例。
・調理業務従事者に発症した「脳梗塞、慢性腎心不全」(30労376) 【PDF】|厚生労働省https://www.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/shinsa/roudou/saiketu-youshi/dl/30rou376.pdf
最後にまとめ。
・脳・心臓疾患の業務起因性の認定にあたっては、業務による過重負荷の基準により判断する。
・業務による過重負荷の基準には、「長期間の過重業務への就労」・「短期間の過重業務への就労」・「異常な出来事への遭遇」の3つの基準がある。
・異常な出来事とは、発症直前から前日までの間に「心理的負荷(極度の緊張、興奮、恐怖、驚がく等の強度の精神的負荷を引き起こす事態)」・「身体的負荷(急激で著しい身体的負荷を強いられる事態)」・「作業環境の変化(急激で著しい作業環境の変化)」の3つに大別される。
以上
written by sharoshi-tsutomu