営業職に残業代を払わない会社があります。法制根拠は、労働基準法第38条の2に規定されている「事業場外のみなし労働時間制」です。
事業場外のみなし労働時間制は、外回りの営業職のように社外で働くことで、使用者の指揮監督が及ばず、労働時間の把握が難しい場合に適用されます。昭和63年4月1日に施行され、平成28年の就労条件総合調査によると1割の企業で導入されています。
一方、適用労働者による残業代未払請求訴訟も提起されています。争点は、「労働時間の算定が可能か否か」という点です。
事業場外のみなし労働時間制は、社外業務に無条件で適用されるものではありません。携帯電話や企業内コミュニケーションツールが発展した現在では、適用対象は限定されます。
企業側は、法適用基準の原則を理解し、訴訟争点をおさえることで適正な制度運用が実施されるよう対策を講じましょう。
第1章:事業場外みなし労働時間制の適用基準
基準1:労働基準法
事業場外みなし労働時間制は、労働基準法第38条の2に規定されています。
-労働基準法-
第38条の2 労働者が労働時間の全部又は一部について事業場外で業務に従事した場合において、労働時間を算定し難いときは、所定労働時間労働したものとみなす。ただし、当該業務を遂行するためには通常所定労働時間を超えて労働することが必要となる場合においては、当該業務に関しては、厚生労働省令で定めるところにより、当該業務の遂行に通常必要とされる時間労働したものとみなす。
適用範囲は、「事業場外で業務に従事した場合」で、「労働時間を算定し難いとき」です。
労働時間とは、使用者の指揮命令下に置かれている時間です。使用者の明示又は黙示の指示により労働者が業務に従事する時間は労働時間に当たります。
事業場外においても使用者の具体的な指揮監督が及ぶ場合は「労働時間を算定し難いとき」に該当せず、適用基準は満たしません。
基準2:行政通達
行政通達(昭和63年1月1日基発1号)では、使用者の具体的な指揮監督が及ぶ場合の具体例を列挙しています。次の①~③に該当する場合は、労働時間の算定は可能とされ「労働時間を算定し難いとき」に該当しません。
-昭和63年1月1日基発1号-
①何人かのグループで事業場外労働に従事する場合で、そのメンバーの中に労働時間の管理をする者がいる場合
②事業場外で業務に従事するが、無線やポケットベル等によって随時使用者の指示を受けながら労働している場合
③事業場において、訪問先、帰社時刻等当日の業務の具体的指示を受けたのち、事業場外で指示どおりに業務に従事し、その後事業場にもどる場合
上記の①~③の例示をふまえ、訴訟事案による争点をおさえましょう。
第2章:事業場外みなし労働時間制の訴訟事案
事案1:阪急トラベルサポート割増賃金請求(平成26年1月24日最高裁判所)
本件は、企業側敗訴の事案です。
企業側は添乗業務については、労働時間を算定し難いときに当たるとして、所定労働時間労働したものとみなされると主張。裁判所は、次の事実関係から、添乗業務は、客観的にみて労働時間を把握することが困難である例外的な場合に該当せず、労働時間を算定し難いときに当たらないと判示しました。
(事実関係)
・ツアーの実施前に、会社側は添乗員との間で、あらかじめ定められた旅行日程に沿った旅程の管理等の業務を行うべきことを具体的に指示している。
・ツアーの実施中は、会社は添乗員に対し、携帯電話を所持して常時電源を入れておき、ツアー参加者との間で契約上の問題やクレームが生じ得る旅行日程の変更が必要となる場合には、会社に報告して指示を受けることを求めている。
・ツアーの実施後は、会社は添乗員に対し、旅程の管理等の状況を具体的に把握することができる添乗日報によって、業務の遂行の状況等の詳細かつ正確な報告を求め、その報告の内容は、ツアー参加者のアンケートを参照することや関係者に問合せをすることによってその正確性を確認することができる。
管理者の同行がない場合でも、会社は添乗員の勤務状況を具体的に把握する策を講じており、添乗員が自ら決定できる事項の範囲及びその決定に係る選択の幅は限られていたとされました。
事案2:光和商事事件(平成14年7月19日大阪地方裁判所)
本件も、企業側敗訴の事案です。
企業側は、営業社員の労働時間は、事業場外のみなし労働時間制の適用により、所定労働時間労働したものとみなされると主張。裁判所は、次の事実関係から、労働時間を算定することが困難であるということはできず、事業場外のみなし労働時間制は適用されないことは明らかであると判示しました。
(事実関係)
・事前に、その日の行動内容を記載した予定表を会社に提出させていた。
・外勤中に行動を報告したときには、会社においてその予定表の該当欄に線を引くなどしてこれを抹消し管理していた。
・会社は営業社員全員に会社所有の携帯電話を持たせていた。
行動予定表や携帯電話の使用により会社は営業社員の労働時間を把握可能であるとしました。
通達当時(昭和63年)の無線・ポケットベルの時代と現在の通信環境は大きく異なります。社外において労働者の業務状況を具体的に把握できる通信環境の整備は、事業場外のみなし労働時間制の適用範囲をより限定的なものとしています。
事案3:ヒロセ電機事件(平成25年5月22日東京地方裁判所)
本件は、企業側勝訴の事案です。
企業側は、旅費規程において出張(又は直行直帰)の場合は所定労働時間勤務したものとみなすと規定し、出張(又は直行直帰)時については事業場外のみなし労働時間制を適用することとしていました。
本件の事業場外のみなし労働時間制は常態として適用するものではなく、臨時的な事業場外労働に限定し適用するものです。裁判所は、次の事実関係から「労働時間を算定し難いとき」に該当し、事業場外のみなし労働時間制の有効性が認められました。
(事実関係)
・時間管理をする者は同行していない。
・社外業務中も携帯電話等により会社から具体的な指示をしていない
・事前に何時から何時までいかなる業務を行うかの具体的な指示をしていない。事後においても何時から何時までどのような業務を行っていたかについて具体的な報告をさせていない。
事実関係は、行政通達(昭和63年1月1日基発1号)の①~③のいずれにも該当しません。
本件では、別の争点として残業命令書による残業時間と、タイムレコーダーによる打刻時間のいずれを労働時間とするかの争点もありました。会社側は残業命令書による残業時間管理を徹底しており、残業命令書による残業時間を労働時間とする決定がなされました。
会社は労働時間の法制度を遵守し、労働時間の適正把握がなされていた事例といえるでしょう。
第3章:事業場外みなし労働時間制の適用手順
手順1:適用労働者の決定
導入企業は、適用労働者を決定します。適用労働者の決定に際しては、適用業務が労働時間の算定が困難であることが必要です。
「適用労働者」
事業場外で業務に従事する者。 外勤営業職や、取材活動をする記者、出張などの臨時的事業場外労働が、典型的な適用対象。
「労働時間の算定が困難」
管理者が同行している場合、携帯電話などで随時指示を受けている場合、事後に具体的な活動報告をさせている場合などは、使用者の具体的指揮監督が及んでいるため、適用されません。
なお、年少者及び妊産婦は、事業場外のみなし労働時間制に関する規定は適用除外となります。
手順2:みなし労働時間の決定
事業場外の業務に従事した場合におけるみなし労働時間を決定します。原則的な算定方法又は例外的な算定方法のいずれかを選択することとなります。
原則:「所定労働時間」
所定労働時間とは就業規則等で定められた始業時刻から終業時刻までの時間から休憩時間を除いた時間のことで、労働義務のある時間です。
例外:「通常必要時間」
適用業務の遂行にあたって、所定労働時間を超えて労働することが通用必要である場合は、当該必要時間をみなし労働時間とします。
通常必要時間は、事業場外労働に実際に必要とされる時間の平均時間となります。
なお、通常必要時間を選択した場合でも、労使協定の締結は必須ではありません。
行政通達(昭和63年1月1日基発1号)では「当該業務の遂行に通常必要とされる時間については、業務の実態が最もよくわかっている労使間で、その実態を踏まえて協議した上で決めることが適当である」とされ労使間で労使協定を結ぶことを奨励しているに過ぎません。
労使協定で締結した通常必要時間が法定労働時間(1日8時間)を超える場合は、所轄労働基準監督署長への『事業場外労働に関する協定届』の届出義務が生じます(労基則第24条の2)。
-労働基準法施行規則-
第24条の2 法第38条の2第1項の規定は、法第四章の労働時間に関する規定の適用に係る労働時間の算定について適用する。
○2 法第38条の2第2項の協定(労働協約による場合を除き、労使委員会の決議及び労働時間等設定改善委員会の決議を含む。)には、有効期間の定めをするものとする。
○3 法第38条の2第3項の規定による届出は、様式第12号により、所轄労働基準監督署長にしなければならない。ただし、同条第2項の協定で定める時間が法第32条又は第40条に規定する労働時間以下である場合には、当該協定を届け出ることを要しない。
○4 使用者は、法第38条の2第2項の協定の内容を法第36条第1項の規定による届出(労使委員会の決議の届出及び労働時間等設定改善委員会の決議の届出を除く。)に付記して所轄労働基準監督署長に届け出ることによつて、前項の届出に代えることができる。
事業場外のみなし労働時間制に関する規定が適用される場合であっても、深夜勤務、休日勤務に対する割増賃金の適用は排除されません。
労働時間の一部を事業場内で労働した日の労働時間は、みなし労働時間制によって算定される事業場外で業務に従事した時間と、別途把握した事業場内における時間とを加えた時間となるとの行政通達(昭和63年3月14日基発150号)があります。
社内業務の営業報告書作成や営業会議等の時間をどのように取り扱うべきか、疑義があれば行政へ確認しましょう。
IT化の進展と就業形態の多様化により、事業場外のみなし労働時間制は在宅勤務者にも広がっています。
在宅勤務者に事業場外のみなし労働時間制を適用する場合は、「情報通信技術を利用した事業場外勤務の適切な導入及び実施のためのガイドライン」を参照しましょう。
🔎 情報通信技術を利用した事業場外勤務の適切な導入及び実施のためのガイドライン
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/shigoto/guideline.html
以上
written by sharoshi-tsutome